いつか言わなくちゃって思ってた。

「おい。」

それは今じゃないと言い聞かせてきた。


「結婚、するんだって?」



この砂糖が溶けるまでだったら。


今日の圭羅ちゃんの煙草の香りは、いつもと違う気がする。
喉の奥の、変なところに引っかかって吐き気とか涙を催しそう、みたいで
私は立ち上がって窓に駆け寄って窓を思いっきり開けてしまった。
圭羅ちゃんは別に何も言わずに、ため息みたいに息を吐いた。
今までコーヒーと混ざっていた煙草の香りが単独で漂ってきて鼻を掠める。
私は思わず泣きそうになってしまって、窓枠をギュッと握りしめた。指の先が白くなるまで窓枠を握りしめた。
何か言わなくちゃいけない、と思った。何でも良いから、言わなくちゃと。
でも声が喉に引っかかって出てこなかった。そして何を言えばいいのかも、分からなくなった。

「・・別に怒ってないから」

宥めるように圭羅ちゃんが言った。
その優しい声色を聞いて、私は今度は唇を噛み締めた。
だって、私だったらきっと怒っていた。怒って、怒鳴り散らして
・・もしかしたら、圭羅ちゃんを殺して自分も死んだかもしれない。

「・・・・・ごめん・・なさい」

小さな声で謝った。声ががたがた震えていた。
ごめんね、ごめんね圭羅ちゃん。

「何で謝んの?」


「圭羅ちゃんが・・・好きだから」


手を繋いだときから、笑い会ったときから、初めて話したときから、
ずっとずっとそうだった。
圭羅ちゃんが煙草を吸い始める前から
私がマニキュアを付け始める前から
ずっとずっとそうだったんだ。

圭羅ちゃんがいて、私がいて
そんな世界が溜まらなく心地よくて。


「泣くなよ?」

「・・泣いてないよ」


圭羅ちゃんの真っ黒い髪 長くてサラサラ
私憧れてて、同じように伸ばしてみたの。
そしたら好きな男の子に、似合わないって言われた。
圭羅ちゃんはずっとずっと慰めてくれた。
あの日から私の髪はずっと茶色で。圭羅ちゃんのも変わらず真っ黒で。
あんたはそれでいいのよ、って言った。
圭羅ちゃんが笑った。それでいいんだ、って思った。
私は私でも良いんだって。

違うんだよ圭羅ちゃん。 私きっと圭羅ちゃんが好きだったの。
今もそうだよ、多分これからもそうだよ・・。


「相手の人、どんな人?」

圭羅ちゃんの優しい声が 私の胸を締め付ける度

「いい人だよ・・学校の先生」

私の頬を伝う涙が 圭羅ちゃんを傷付けるんだ。

「そっか」


そう思ってたのに。圭羅ちゃんは柔らかく笑った。
笑って


「お幸せに」


そう言った。

圭羅ちゃんには言われたくないと思ってたのに私は、うん、と言うしか無くて
また少しだけ、泣いてしまった。


「圭羅ちゃんの子供が産めたら良かったのに・・」

圭羅ちゃんと結婚できたら良かったのに。



昔も今も変わらない。
私はまだまだ子供のままで、相変わらずこうやって駄々をこねては
いつも誰かに迷惑を掛けて生きてて。
好きな人も選べなくて、流されるままにお見合い結婚をして
それは幸せとは呼べないだろう、とエゴを張ってきたアナタが言うんだ。
だから私は気付かされるんだ、これは自分の決めたことだ、って。

最後になるかもしれない、アナタとの時間は
このコーヒーの砂糖が溶けるまで。

アナタはまた新しい煙草に火を付けて言うんだ。


「飲まないの?」


窓枠から、 手を離す。